私がエクセルをマスターした経緯

こんにちは、運営者の吉井良平です。

本日、(2016年3月19日)Miitomo をダウンロードしたので、さっそくアイキャッチに使ってみました! ニンテンドーソフトでは、「どうぶつの森」シリーズが好きです。(特にチャス)

 

今回は、「創作エクセル工房」の主人として、私がエクセルをマスターするに至った経緯を、いろいろ思い起こしながら書いてみます。

入社直後〜3年ぐらい

 

私は、1996年に大学を卒業して、スポーツ系のメーカーに就職しました。配属された部署は調達課で、国内や海外の工場・商社から、商品を仕入れする部署です。

大学は文学部で、卒論もワープロで書いたので、パソコンはほとんど使ったことがありませんでした。

*中学時代に、パソコンといえばパソコンのMSX(!)を持っていましたが、ほぼゲームしかしていませんでした(笑)

 

1996年というと、ちょうどウインドウズ95が出た直後です。私が会社に入った頃は、パソコンは 3人に1台ぐらいで、まだまだ方眼紙のレポート用紙と計算機が大活躍していました。思えば、ちょうど20年前なんですね。

 

入社して3ヶ月ぐらいはほとんど仕事が無かったので、エクセルの勉強と、ドットプリンターで出力された帳票を読み上げるのが仕事です。正直ヒマで、体育会系のノリにイマイチ馴染めず、辞めてしまおうか、何度か真剣に悩んだぐらいです。

 

そうこうしているうちに、パソコンが1人1台体制になってきて、それまでタイプライターで打っていた発注書などを、全部エクセルに移行することになりました。やっと出番が回ってきて、紙の書類をほぼそのままエクセルにする、力技の作表にいそしみました。

 

入社して約半年ぐらい経ったときに、バブル崩壊の余波で、会社でリストラがありました。それまで8人体制だった部署が6人体制になり、入社1年目で1.5人分ぐらいの仕事をすることになってしまいました。

まぁでもその頃は若かったのと、正直それまでがヒマだったので、喜んで深夜残業してました。それまでの仕事のやり方だと回らないので、まずはエクセルの関数を覚えて、初めてVLOOKUP関数を知ったときは、「おーすごい!」と思いましたね〜

 

しばらくはエクセルの関数やフィルターなどを駆使して、発注数の計算や発注書の作成をやっていたのですが、どうもちょくちょく間違えるのです。

 

今思うと、3枚複写の必要性は全く無かったのですが、タイプライターで発注書を作っていた時の流れで、発注書を3枚綴りでエクセルで作っていました。(タイプライターの場合は、発注書はカーボン紙で写しを作るようになっていたのです)

エクセルのワークシートを3枚同時に選択して、3枚同時にデータを入力するように心がけていたのですが、どうしてもたまに同時選択を忘れることがあります。後から少し手直しする場合も、正のシートだけ直して、写しのシートは入力そのまま、ということもあり、工場から文句を言われることも度々、実際に数量違いで納品になるということもよくありました。

なんとかならないものか、と思っていたところ、マクロ(VBA)が使える先輩がいたので、教えてもらいながらマクロに手を出しました。

 

本当、若かったというか、会社の仕組みも良く分かってなかったので、情報システム部に依頼しようとか全く思わなかったんですよね。ホストコンピューター(AS400というもの)からデータ転送して、アクセスで集計してエクセルのVBAで処理する仕組みを、その先輩と 2人で夜な夜な作ってました。

 

商品マスターをきちんと管理していなくて、廃番品を大量注文してしまうなど、いろいろ失敗も経験しましたが、いざ仕組みが出来ると驚くほどの効果が出ました。それまで深夜残業をしていたのがウソみたいで、3年目が終わる頃には、月の半分は定時(5時半)ぐらいには帰れるようになってました。

本当、最初マクロでエクセルがガシガシ動いているのを見たときには、衝撃でした。「うぉー、すごい!」と雄叫びをあげたぐらいです(笑)

 

入社 3年目から6年目ぐらい

 

で、しばらくヒマだったのですが、やっぱり5時半ぐらいに帰れるようになると、もう1人人員を減らされるわけです。

でも、それでもそんなにしんどくない、むしろ普通ぐらいだったので特になんとも思ってなかったのですが、職場唯一の女性に子供が出来て、産休に入ります。

 

同期入社の子だったので、心から歓迎して「どうぞ、どうぞ、お気にせず!」と送り出して、その間は1人派遣社員の方に来てもらうことになりました。(確か、Sさんというお名前でした)

 

派遣社員を採用するのも、会社として初めての経験だったので、採用もいい加減だったんでしょうね。海外からの調達が7割以上なのに、実はほとんど英語が出来ない方が入ってきました。

 

最初は、雑務(というと言い方が悪いですが)をやってもらおうと思って、一番面倒だった作業、信用状(簡単にいうと国際的な手形)の作成をお願いしました。

今はどうなっているか分からないのですが、その頃はまだ複写式の紙を銀行に提出していたので、タイプライターでの作業です。もっと面倒なのが、日本でも手形には壱、弐、参とか書きますが、英語でも数字じゃなくて、言葉で書かないといけないのです。

(例:3,412 だったら、”Three Thousand Four Hundred Twelve” と書かないといけない)

 

今思うと、まったく採用した方が悪いし、またそんな業務を依頼した方が悪いのですが、Sさんがタイプライターの前でしばらく固まってしまいました。私も忙しくてイライラしていたので、爆発して怒ってしまって、Sさんが泣き崩れてしまいました。

 

私もこれには反省しまして・・・

今から英語を覚えて・・・というのも無理があるなと思って、数字を英語に変換するエクセルマクロを作りました。(結局、Sさんには国内の商社さんを担当していただくことになったのですが)

 

で、実際にこのマクロを作ってみたところ、実は自分が一番楽になったのです。それまで頭の中で数字を英語に変換していたことを、自分ではそんなに無理していないと思っていたところ、もう自動で英語が出てきたらむちゃくちゃ楽。もう、英語を考えてなんていられません。

ある意味、人間の能力の後退ですが、何気ないことでも自動化すると作業効率が格段にアップすることに気がついた瞬間です。

 

それから、普通の人が マクロについて思うイメージ、発注やら、請求やらじゃない部分にも、エクセルマクロを取り入れていくようになりました。

 

部署の移動 〜 帳票の作り方の大切さに気付く

 

調達の部署には6年間いて、もうそろそろいいかなぁ、と思ってた頃、マーケティングの部署に移りました。

この頃、エクセルの社内講習の講師になって、やっぱり講師たるものすべてを知っておかないと!と思い、「エクセル大全」のような本を買って、カリキュラムを作りました。

意外と使ってない機能もあったりするので、時間があればしらみつぶしにやる勉強法もおススメです。MOS(マイクロソフトスペシャリスト)の試験を受けるのも、良いと思いますよ。

 

マーケティングの部署には2年しかいなくて、それから受注センターを立ち上げることになり、センター長になりました。社員は私と女子社員1名、派遣社員6〜8名の部署です。

 

基本的に派遣社員で運営していくということは、人の入れ替えが頻繁ということです。長く勤めていただける人もいれば、実際に1日だけしか来なかった方も何人か・・・

初めて会社に来た方に、即戦力として働いていただくためには、注文入力画面も、エクセルで作る補助帳票も、分かりやすく、使いやすいものになっていないといけません。あれこれ説明しないと使えないようなものは、ダメです。

 

また、効率もさることながら、ミスが起こりにくい仕組みであることも重要です。1件のミスは、多少の効率向上以上のマイナス効果があります。仕事の性質上、絶対にミスが許されない仕事もありますよね。

 

エクセルの帳票だと、まず入力する部分と入力しない部分を分かりやすくする(色付け)、出来るだけ縦横の動きを無くして、直線的に処理できる、などの注意点があります。

文字の読み間違えや、読み取り作業の効率向上のために、文字の周りにいくらか余白を作ることも、細かい作業ですが、結構重要です。

 

この辺りも、いろいろ失敗を重ねながら、工夫していきました。書式って、あまり気にされない部分ですが、実は仕事の成果に大きな影響があることを実感しました。

 

これは余談ですが、今年、初めて確定申告に行きました。申告するほどのものでもないので、やらなくても良いぐらいなのですが、勉強のために申告書を作ってみたところ、何と見にくいことか・・・

申告書を作るのに、ぶ厚い説明書がある時点で、ダメな書式です。お役所仕事には、恐ろしく非効率なものがあるので、書式を改善するだけで相当な効果があるはずです。

 

受注センターの仕事は4年間やって、本当にやりがいのある仕事でした。もっと極めたいという思いはあったのですが、個人的な事情(離婚して、子供は私が引き取る)ということがあり、地元広島の営業の部署に異動させてもらいました。

体育会系の会社だけに、「営業は考えずに、とにかく動け!」という社風だったんですよね。無駄な動きが多くて辟易した部分は正直ありましたが、体育会系というのは年数が経つと実に居心地が良いのです。最初、あれだけ馴染めなかったのに、です。(笑)

 

でも、あれこれ考えて工夫することが好きな私は、ちょっと刺激が足りなくなって、40歳を機に退職して、今に至っております。

 

 

 

最後の方は、エクセルとあまり関係がありませんでしたが、私がエクセルを使いこなすようになった経緯は以上です。思い起こせば、いろんなことがありました。

 

いろいろな失敗も経験して得たスキルです。これからも皆さんのお役に立てるようなエクセルファイルを作っていく所存ですので、今後とも「創作エクセル工房 素牛庵」を、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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ABOUTこの記事をかいた人

昭和48年広島県生まれ。現在も広島に住んでいます。 趣味は音楽鑑賞(邦楽、洋楽問わず、クラシック、童謡も)、マンガです。エクセルを効率的に使う方法を紹介して、あなたのお役に立ちたいと思っています。